2005-4-8
『暗い海の中を行くカニ型潜水艇とダイバー。海底を跋扈するねこざめや奇妙なクラゲに操られた硬式潜水服、巨大なウミグモ、肉食のウミユリ、海中で繰り広げられる大イカと双角の大海竜の死闘などに出会いながら進んでゆく。
致命傷を負った大海竜は白骨が積み重なる海底の墓場で息絶え、それを見届けたカニ型潜水艇とダイバーがやがてたどり着いたのは洞窟の奥深くで静まり返る海底の図書館だった。
光が直射しないところ、海中、胎内、夢の中、閉じられた本のページで進行する物語」
(2001年CGアニメーション作品「水族の図書館」あらすじより)


現在製作中のCGアニメーション「エンゼルフィッシュの日」に先んじて小笠原が作っていた作品がありまして、それが上記にあらすじを紹介した「水族の図書館」です。
制作リポートと言いつつ過去の話が続く今コーナーですが、 お許しください。一応、この作品は小笠原の現在の状況を決定せしめた一因であり、「エンゼルフィッシュの日」の制作にいたるユルくもキツくもある道程の割と重要なリンクではあるのです。
「水族の図書館」は14分ほどのCGアニメーション作品で、1998年中頃より制作を始め2001年の夏に完成しました。正味の制作期間は12ヶ月というところです。
内容はあらすじにもありますが、潜水服の男がカニ型潜水艇と共に海底の図書館に向かうというものでした。
小笠原は学生の時分に所属していた学科所有の機材であるSGI社のワークステーションで3DCGに初めて本格的に触れたのですが、それが1995年の事です。
その頃の事を思い出すと阪神大地震や地下鉄サリン事件などが世間を騒がせていましたが、CG業界はというと、バーチャファイターの登場、続いてセガサターンやソニープレイステーションなどいわゆる「次世代ハード」が発売され、映画を観に行けばターミネーター2にてブレイクスルーを得た高度なVFXを投入したジュラシッパーク、スターゲイト、ジュマンジ、インディペンデンスデイ、ピクサ-のトイストーリーなどが続々と公開され、大量に投入されたそれらのゲーム、映像作品によってCGが一般に浸透していった時期でした。
また、高速なPCがより安価になり、Windows95の登場なども受けてPCを使用したさまざまな制作環境が整い、デジタルハリウッドなどを筆頭にいわゆるデジタルクリエイターを養成する専門学校なども大量に現れました。
そんな状況の中で3DCGソフトの習得を始めた小笠原は、「これが使えれば、ボク一人で映画みたいなのが作れるじゃん…ウフフ」と、今思えば大変に身の程を知らない事を考えていたのでした。
それからは毎日機材のある一室に月~土で朝から晩までいりびたり、隙があれば日曜日にも入り込み、冬や夏の長い休みの期間も学科の助手さんに頼み込んで鍵を開けてもらい(ご迷惑をおかけしました)、2台しかなかったSGIのマシンの片方を2年間ほとんど独占して就職活動も全然せずにポリゴンやファンクションカーブと戯れ、難解なマニュアルに翻弄され、ブーリアン演算やらテクスチャ-マッピングやらコマンドラインレンダリングやらをしまくりました。
おかげで一般教養の単位を一つ落として卒業しそこねましたがこれ幸いとさらに半年、9月に遅れて卒業するまで通い詰めてようやく溜飲を下げたのでした。この時期に構想していたアイディアが後の「水族の図書館」の原型です。
卒業後は習得したソフトのオペレーションスキルを使ってゲームや映像の制作会社数社でのアルバイトをしたり、その後フリーになったりしていたのですが、映像作品を作るという望みはしつこく持っていました。やがてその妄想はシナリオや絵コンテの作業を経て「水族の図書館」というタイトルになり、実制作作業のどたばたとした混迷の期間をどうにか切り抜けて完成しました。
どのような行為であれ完遂するということは重要です。途中であきらめることによるあらゆるメリットを計算し、それがあるとき完遂するデメリットを上回る場合においても重要なことだと小笠原は考えています。少年の頃に好きだった女の子に「中途半端な人って大きらい」と言われたからです。
それは本当ですが、第2の理由として、物事を上手に行うためには実践と学習の効果的な反復が必要だと思っていて、あたりまえながら、その実践パートにおいて「予定していた行動を全て行う」方が「あきらめて断念」するより中長期的な視点で考えた際の効果が高いと考えるからです。「水族の図書館」も実践と学習の反復の実践パートとしてさまざまな問題点、今後に盛り込むべき点などを明らかにする素材になり、その検討結果は「エンゼルフィッシュの日」の制作に反映されています。(えーとそのはずです。)そのため、「水族の図書館」は今見るとおのれの拙さと考えの無さなどを思い知らされ、冷や汗のにじみ出ることしきりですが、小笠原にとって重要なピースであるのです。
その後「水族の図書館は」DEPというコンペで賞をいただきました。
作品制作というのは、作っている最中にまるで自信が無くなったり、「こんなことをして一体何になるのだ?」という己に対する疑念でいっぱいになったり、実に高負荷な行為だと思います(少なくとも小笠原はそうです)。さらに、「ああ、だれか100億円くれねえかなあ。そうしたらピクサ-社(Pixer)に頼んで作ってもらうのに。ねえ、誰か宝くじに当たった人知らない?」などの逃避的妄言が頻出するようになり、周囲からの冷笑や迷惑顔を向けられがちです(少なくとも小笠原はそうです)。
そのような状態をくぐり抜けて完成させたものに対しての評価として賞をいただけたのは、これは大変に嬉しかったです。元気付けられました。大変だったけど完成させて良かったと思いました。今度はどんなの作ろうかなあ、と思いました。
思ってしまいました…。
……今にして思えばあの受賞は一つのターニングポイントだったのかもしれません。入賞も何もしなければおとなしくあきらめてフリーランスなり、就職するなり、まじめに働いて堅実に暮らす今があったかもしれない。しかし、そうはなりませんでした。「水族の図書館」は今日にいたる道程の割と重要なリンクであると前置きに書きましたが、それはこのような意味合いも含んでいるのです。ああ、デロリアンがあれば……。
2005年4月現在、作品「エンゼルフィッシュの日」の制作は進行中です。ご意見ご感想が有りましたらこちらまでよろしくお願いします。(info@hydra-stroke.com)
ではまた次回。
(ハイドラストローク小笠原 ヒサシ)







